大判例

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大阪高等裁判所 昭和27年(ラ)71号 決定 1953年10月28日

抗告人 三角八郎

抗告人 三角千惠

右両名代理人弁護士 小西寿賀一

主文

本件各抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人等の負担とする。

理由

抗告代理人は、原審判を取消す抗告人等の姓「三角」を「三住」と変更することを許可するとの裁判を求め、その理由とする要旨は、抗告人等の姓は「三角」と書き「みすみ」と読むのであるところ、抗告人一家が肩書地に居住して約十七年の移転当初に「三角」の標札を見た学童達は「さんかく四角」と大声を挙げて通るため右標札を取外したが、郵便配達夫より抗議を受け、止むなくこの文字を薄くしてこれに仮名を附した次第である、ところが現在十五歳の長女が小学校一年生の時上級の学童数名より「頭さんかく尻四角」とからかわれた上殴打されて負傷したので学校に申出で教師の善処方を要望したこともあるが、現在小学校へは一年生、四年生及び六年生の子供三名が通学しておりこれ等に対する他の学童の悪罵は依然として止まず、毎日のように「頭さんかく尻四角」とからかわれては泣きながら帰宅し最近では通学を嫌うに至り、親たる抗告人等は右子供等が「何故こんな姓を付けたのか」と歎き悲しむ心情を察し途方に暮れるのみであつて、特に今年入学した長男は生来神経質な子であるから今後上級に進むに伴い他の学童より右の如き悪罵と侮辱を繰返されるならば憂慮に堪えない、そして右四年生と六年生の子供又は抗告人よりも再三受持教師に訴え出て如何に他の学童に対し注意を与えられても何等の実効なく困却している、かくて愛する子供等のためにその苦悩を救うのは「三角」の姓を「三住」と変更する以外途がない、即ち抗告人等は全く別異の姓を称するというのでなく、単に「角」の文字を「住」に代えて「みすみ」の姓を維持せんとするのが抗告人一家の切なる念願である。しかるに原審判が本件申立を理由なしとして却下したのは現実を無視したものであつて「三角」なる文字は「みすみ」の姓として使用せられているに拘らず「さんかく」と読まれ得るがために悪童等より故意に侮辱的に呼ばれ抗告人等の子供が連日故なき苦痛を受けて人間性を冐涜せられているのであるところ、憲法第十三条はすべて国民は個人として尊重される旨を規定しており、前記の如く「角」を「住」と改めることは濫りに改姓を行うことにならず又これがため社会生活上の法律秩序をみだすものでないこと明らかであつて、人権尊重を根幹とする憲法の精神に反し、戸籍法の趣旨を誤解した原審判は違法不当のものであるから、これを取消し、抗告人等の姓を「三住」と変更することを許可する旨の裁判を求めるため本抗告に及んだのであると云うのであつて、疏明として甲第一号証乃至第五号証を提出した、

よつて案ずるのに、抗告人提出の疏明書類によれば、抗告人主張の如くその子供等が他の学童より「頭さんかく尻四角」と罵倒嘲笑せられるため苦悩悲歎し抗告人等も親としてこれを苦痛とすることは、これを推察し得るところであるけれども、氏の変更につき戸籍法第一〇七条に所謂「やむを得ない事由」とは名の変更に於ける「正当な事由」に比しその事由を更に限定する趣旨と解すべきであつて、その氏を継続せしめることが社会観念上甚だしく不当と認められる場合を云うのであるが、「三角」姓が世上応々に存在することは当裁判所に顕著なるところであつて、この姓自体には何等著るしき珍奇又は侮蔑の意味なく若くは難解難読でもないのであるから、単に他の学童が故意にこれを読み替えて悪戯を行うとの前示の如き事情は未だ右やむを得ない事由と認めるに十分でない。尤も被告人は、この姓を維持せしめて、学童の悪戯を忍受すべきことを強制するのは人権尊重を根幹とする憲法の精神に違反し、又「三角」を「三住」に代えるのは改姓の程度でもなく且つ社会生活上の法律秩序をみたさないと主張するが「三角」姓の継続は偶々これより前示の如き悪戯を生じたとてその自体が所謂人権尊重と何等関係するものでなく、これを以て憲法違反とするのは抗告人の強弁に過ぎない、又民法上の氏とは一家を識別する永続的表示であつて、その音読による呼称のみならず記載による、文字自体にも社会生活上重要なる意義を有するのであるから抗告人の右主張は採用できない。本件においては抗告人等が安易に氏の変更を求めることなく、寧ろその子供等に対して悪童の悪戯に打勝つ正しく強き性格を訓育すべきことこそ将来のためと云わなければならないのであつて、原審判は相当であるから、本件各抗告は理由なくこれを棄却すべきものとし、費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文の通り決定する。

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